東京地方裁判所 昭和42年(ワ)3784号 判決 1972年8月28日
第八四九七号事件・第一〇五三九号事件原告 有限会社六郷製作所
右代表者代表取締役 大久保守三
右訴訟代理人弁護士 高木廉吉
第八四九七号事件被告・第三七八四号事件原告 大協機械工業株式会社
右代表者代表取締役 岡村節
右訴訟代理人弁護士 安部明
第一〇五三九号事件被告 三晃興業株式会社
右代表者代表取締役 森瀬一夫
右訴訟代理人弁護士 田野井子之吉
第三七八四号事件被告 有限会社大久保製作所
右代表者代表取締役 大久保正子
右訴訟代理人弁護士 高木廉吉
主文
大協機械工業株式会社は有限会社六郷製作所に対し別紙第一物件目録記載の建物について東京法務局大森出張所昭和四〇年一二月八日受付第四五二七〇号をもってなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
三晃興業株式会社は有限会社六郷製作所に対し別紙第一物件目録記載の建物について東京法務局大森出張所昭和四一年二月一六日受付第六〇七六号をもってなされた抵当権設定登記および同法務局同出張所昭和四一年八月二六日受付第三四三九〇号をもってなされた抵当権移転付記登記の各抹消登記手続をせよ。
大協機械工業株式会社の有限会社大久保製作所に対する請求を棄却する。
訴訟費用中、有限会社六郷製作所および有限会社大久保製作所と大協機械工業株式会社との間で生じた分は大協機械工業株式会社の負担とし、有限会社六郷製作所と三晃興業株式会社との間で生じた分は三晃興業株式会社の負担とする。
事実
第一第八四九七号事件および第一〇五三九号事件の当事者双方の申立および主張
原告=有限会社六郷製作所
被告=大協機械工業株式会社
被告=三晃興業株式会社
(原告の申立)
一 主文第一、二項同旨および「訴訟費用は被告らの負担とする」との判決を求める。
(請求原因)
一 原告は第一物件目録記載の建物(以下本件建物という)を所有している。
二 被告大協機械工業株式会社(以下被告大協という)は本件建物につき東京法務局大森出張所昭和四〇年一二月八日受付第四五二七〇号をもって原告から所有権移転登記を受けた。
三 訴外井内正則は本件建物につき東京法務局大森出張所昭和四一年二月一六日受付第六〇七六号をもって被告大協から抵当権設定登記を受け、被告三晃興業株式会社(以下被告三晃という)は同法務局同出張所昭和四一年八月二六日受付第三四三九〇号をもって右訴外人から右抵当権の移転付記登記を受けた。
(被告らの申立)
「 一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。」
との判決を求める。
(認否)
一 本件建物がもと原告の所有であったことは認める。
二 認める。
三 認める。
(抗弁)
一 被告大協(当時の商号は協立機械工業株式会社であった)は昭和四〇年二月二四日原告から本件建物をその敷地の借地権ならびに本件建物内に存在した機械九台とともに代金合計三八八万九〇〇〇円で買受けた。
二 (被告三晃のみの抗弁)訴外井内正則は昭和四〇年一二月二七日被告大協に三五〇万円を貸付け、本件建物に抵当権の設定を受け、被告三晃は右訴外人から右債権および抵当権を譲受けた。
三 (前同様)かりに被告大協が本件建物の所有権を取得しなかったとしても、原告は被告大協が訴外井内から右三五〇万円を借受けた際被告大協の右債務につき連帯保証をし、かつ右債務の担保として本件建物に抵当権を設定することを承諾した。
(認否)
一 認める。
二 認める。
三 否認する。
(再抗弁)
一 本件建物の売買は原告と被告大協との間の営業譲渡の一環としてなされたものである。
すなわち、被告大協の提案によって昭和四〇年一月下旬原告と被告大協との間に被告大協が原告を吸収合併するとの契約が成立したが、これは商法所定の合併手続によるものではなく、原告の営業の全部を被告大協に譲渡することにより実質的に合併と同様の目的を達成することを意図した契約であって、右契約の実行として原告と被告大協との間に次の行為が行なわれた(ただし(一)を除いては契約文書は作成されていない)。
(一) 原告は昭和四〇年二月二四日被告大協に対し本件建物、その敷地の借地権および本件建物内に存在する機械類を譲渡した。
(二) 原告は工員七名および営業上の得意先を被告大協に引継ぎ、両者は相携えて得意先の挨拶廻りをしたり、挨拶状を送付したりした。
(三) 原告から被告大協に対し在庫品の引継が行なわれた(被告大協は原告保管のバルブの半製品一〇〇台のうち五〇台を完成して昭和電工に納入した)。
(四) 被告大協は原告のユニオン商工外一九社に対する債務合計二〇万三三三七円、もと原告工員であった従業員に対する退職金支払債務一〇万九四四四円、東京都に対する機械購入資金の借入債務三四万三八二四円および一五万円を引受け、原告が大明機械工業に売渡したバルブ代金債権六三万六九五八円および鶴見曹達に売渡したバルブ代金債権一〇万三七六〇円を譲受けた。
(五) 原告の有する流体弁に関する実用新案権(登録第七六二二〇六号)を被告大協に譲渡した。
(六) 原告会社の代表取締役大久保守三は被告大協の代表取締役に就任し、原告の工員等は被告大協の工員とともに原告が従来製造していた化学用バルブおよび被告大協が製造していたバルブの製造に従事するに至った。本件建物、機械類は原告の営業を組成する重要な財産であり、右のような事実からみても、原告と被告大協との間の前記契約は原告の営業を譲渡する契約とみるべきである。
しかるに、右契約にあたり原告、被告大協ともに法所定の特別決議(原告につき有限会社法四〇条一項一号、四八条、被告大協につき商法二四五条一項一号、三四三条)を経ていないから右営業譲渡は無効であり、したがって右営業譲渡の一環としてなされた本件建物の売買契約は無効である。
(認否)
一 争う。
原告は当該役員が優秀な工員と得意先とを伴なって独立したため(有限会社創工社を設立)、営業上壊滅的打撃を蒙り、独立の営業体としての機能を失い、本件建物や機械類は営業から遊離し、単なる遊休化した財産にすぎない状態であった。そこで原告会社代表者大久保守三は廃業を決意して被告大協に財産の買取を要請してきたので被告大協は本件建物、敷地の借地権、機械類を個別的に評価してその総和を売買代金として買受けたものである。
(一) 認める。ただし被告大協が買受けた機械類は九台である。
(二) 被告大協が原告の工員を雇傭し、得意先に挨拶廻りしたことは認めるが、原告から解雇された工員を新に雇傭し、取引停止によって離脱した得意先と新に取引を開始し挨拶をしたにすぎず、原告から工員、得意先を引継いだ訳ではない。
(三) 否認する。
(四) 否認する。
原告が被告大協が引受けたと主張する債務は、本件建物、機械類の代金の内入弁済に充当する約定で被告大協が原告のため立替えて弁済したものである。また原告が被告大協に譲渡したと主張する債権は被告大協が原告の委任を受けて取立てたものである。
(五) 否認する。原告主張の実用新案権は原告の生命線ともいうべきもので、被告大協はこれを譲受けていない。
(六) 大久保守三が被告大協の代表取締役に就任したこと、被告が原告主張のバルブを製造したことは認める(ただし主として従前被告が製造していたものである)。
(再々抗弁)
一 本件建物の譲渡が営業譲渡であるとしても次の理由で法所定の特別決議は不要である。
(一) 原告会社において現実に出資し実質的に持分を有する社員は代表取締役大久保守三のみであり、また被告大協には一五名の株主がいるが、現実には代表取締役の岡村節が単独で全額出資しており、他は名目的株主にすぎない。
商法、有限会社法が営業譲渡に特別決議を要求するのは、出資者たる株主、社員の利益保護を目的とするものであるところ、本件においては原告会社の大久保守三と被告大協の岡村節との間に契約が成立しており、他の株主、社員は名目的な構成員にすぎず利害関係を有しないから、法の趣旨からみて、本件には、商法二四五条、有限会社法四〇条の規定は適用がないというべきである。
(二) 大久保守三および岡村節はいずれも他の名目的社員ないし株主から印鑑を預る等して議決権の行使を委任されており、また他の社員ないし株主は会社の業務執行について予め右大久保守三ないし岡村節に同意を与えていた。したがって営業譲渡について殊更に社員総会、株主総会の決議を経る必要はない。
二 被告大協は本件建物の売買代金中二五〇万円の支払にかえて原告の第三者に対する債務を支払い、原告はこれと同額の利益を得た。また被告大協は右売買当時木造軽量鉄骨スレート葺二階建一階一五坪二階一五坪であった本件建物に二四四万五七五〇円の費用をかけて増改築をなし、一階四一坪二合七勺二階三九坪二合二勺を鉄骨並に木造亜鉛メッキ鋼板葺の工場兼事務所にし、このため建物の価格は二五〇万円から五八〇万円に増加した。
よって、かりに本件建物の売買が無効であったとしても、原告は被告大協に対し右不当利得の返還義務を負っているのであり、その返還をなさずに本件各抹消登記を求めるのは権利の濫用である。
(認否)
一 争う。
(一) 争う。原告の各社員は各自の出資額を現実に払込んでいる。
(二) 否認する。
二 争う。
第二第三七八四号事件の当事者双方の申立および主張
原告=大協機械工業株式会社
被告=有限会社大久保製作所
(原告の申立)
「一 被告は原告に対し、別紙第一物件目録記載の建物および第二物件目録記載の物件を引渡し、かつ昭和四一年七月一五日から右引渡ずみに至るまで一ヶ月一八万二九〇〇円の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決ならびに仮執行の宣言を求める。
(被告の申立)
「一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。」
との判決を求める。
(請求原因)
一 原告は昭和四〇年二月二四日本件建物および第二物件目録(一)記載の物件をその所有者であった有限会社六郷製作所から買受けその所有権を取得した。
二 原告は別紙第二物件目録(二)ないし(十九)記載の各物件を同目録記載の購入年月日に同目録記載の購入先から買受けてその所有権を取得した。
三 被告は本件建物および第二物件目録記載の物件を昭和四一年七月一五日から占有使用している。
本件建物の賃料相当額は月額一四万〇五〇〇円であり、第二物件目録記載の各物件の賃料相当額は同目録記載のとおりである。
四 よって原告は被告に対し、本件建物および第二物件目録記載の各物件の引渡しならびに昭和四一年七月一五日から右引渡しずみに至るまで、右各物件の賃料相当の損害金として月額一八万二九〇〇円の割合による金員の支払を求める。
(認否)
一 有限会社六郷製作所が上記物件をもと所有していたこと、および同会社が昭和四〇年二月二四日これを原告に売渡したことは認めるが、その余の事実は争う。
二 上記目録(二)、(三)記載の物件が原告の所有であることは認めるが、その余の事実は否認する。
三 被告が本件建物および第二物件目録(一)、(四)ないし(十九)の物件を占有使用していたことはあるが、昭和四二年八月からは本件建物を占有使用していない。
その余の事実は否認する。
四 争う。
(抗弁)
本件建物および別紙第二物件目録(一)記載の物件については第八四九七号事件、第一〇五三九号事件における原告の再抗弁を援用する。
(認否)
左記事件における被告の認否を援用する。
(再抗弁)
第八四九七号事件、第一〇五三九号事件における被告大協の再々抗弁を援用する。
(認否)
上記事件における原告の認否を援用する。
第三証拠関係≪省略≫
理由
第一第八四九七号事件および第一〇五三九号事件(原告=有限会社六郷製作所、被告=大協機械工業株式会社、三晃興業株式会社)について
一 本件建物がもと原告の所有であったこと、被告大協が本件建物につき昭和四〇年一二月八日原告主張の所有権移転登記を受けたこと、訴外井内正則が本件建物につき昭和四一年二月一六日被告大協から原告主張の抵当権設定登記を受け、被告三晃が同年八月二六日右訴外人から原告主張の右抵当権の移転付記登記を受けたこと、被告大協が昭和四〇年二月二四日原告から本件建物をその敷地の借地権ならびに本件建物内に存在した機械九台とともに代金合計三八八万九〇〇〇円で買受けたこと、訴外井内正則が昭和四〇年一二月二七日被告大協に三五〇万円を貸付け、右債権を担保するため本件建物に抵当権の設定を受け、右債権および抵当権を被告三晃に譲渡したことはいずれも当事者間に争いがない。
二 原告は、本件建物の譲渡は営業譲渡の一環としてなされたものであり、右営業譲渡については、原告・被告大協ともに法所定の決議(有限会社法四〇条一項一号、四八条、商法二四五条一項一号、三四三条)を経ていないから右営業譲渡は無効であると主張するので、この点について検討する。
≪証拠省略≫を綜合すると、大久保守三は昭和二八年三月頃バルブ部品の下請加工をしていた被告大協(ただし当時の商号は協立工業株式会社であって後記の商号変更までは右の商号であった)の工員となり、昭和三〇年頃原告会社を設立して独立したものであるが、被告大協の代表者岡村節とはその後も先輩に対する信頼関係を続けていたこと、原告会社は化学用バルブの製造を業とするものであったが、経営方針について内部の紛争が生じ、大久保守三の反対派が昭和三八年六月一一日有限会社創工社を設立し、それまで原告会社の主要な取引先であった日東機械との取引を右創工社に取られてしまったため、原告会社の経営が不振になったこと、そこで大久保守三は原告会社の工場を処分したいと考え岡村節に相談したこと、一方岡村節は被告大協の工場(川崎市桜本町二丁目一三番地所在)が周囲の大工場からの媒煙にさらされ製品に悪影響があり、また事業も思わしくなかったので、同工場を売却し他へ移転したいと考えていたこと、そこで原告会社の代表者である大久保と被告大協の代表者である岡村とが相談した結果、昭和四〇年二月頃右両名間に、原告会社において、東京都に対する後記債務を除くその余の債務を昭和四〇年三月末日までに弁済するほか、一切の財産すなわち本件建物およびその敷地の借地権、機械工具、半製品、実用新案権、取引先に対する債権、東京都に対する債務等を原告会社から被告大協に譲渡し、原告会社の得意先、従業員も被告大協が引きつぎ、被告大協においては前記川崎市の工場建物およびその敷地を他に売却してその売却代金を運転資金にあて、なお大久保は二〇〇万円を出資して被告大協の代表取締役に加わり、もともと被告大協に属した工員と原告会社から引きついだ工員とで、本件建物で、原告会社から譲渡を受けた機械工具と川崎市の工場から運んだ機械工具を使用して、原告会社および被告大協の事業であったバルブ製造ないしその部品加工の事業を継続してゆくという合意が成立したこと、右合意の実行ないしこれに付帯する事項として、まず昭和四〇年二月二四日原告会社の有形的な財産のうちの主なものである本件建物とその敷地の借地権および機械九台について甲第一号証の売買契約書が作成され、次いで同年二月から三月にかけて被告大協が費用を負担して本件建物を増改築し、岡村節は同年三月原告と被告大協の従業員を集めこれからは両者が一緒になって事業を行なう旨を説明し、原告会社の工員七名は同年四月から被告大協の工員となり、被告大協の従来の工員と一緒に本件建物で仕事をするようになったこと、被告大協は同年六月二五日従来の協立工業株式会社の商号を大協機械工業株式会社と改め、代表取締役を一名増員して大久保守三を代表取締役に選任し、岡村節が会長、大久保が社長となり、以後岡村が経営全般を、大久保が生産部門を担当することになった(ただし大久保は、本件建物等の売買代金やそのほかにも被告大協より原告に対し支払われるべき金員があるのにその支払がなされていないとして、二〇〇万円の出資は行わなかった)こと、岡村、大久保の両名は揃って原告の得意先であった昭和電工、鶴見曹達やもともと被告大協の得意先であった鷺宮製作所等に挨拶まわりをするとともに、両者連名の挨拶状を取引先に配布したこと、被告大協所有の川崎の工場建物およびその敷地は昭和四〇年五月三一日付契約により訴外株式会社大谷加工に売却され、同年九月二五日その所有権移転登記がなされたこと、本件建物内には甲第一号証の売買契約書に記載された九台の機械以外にも若干の原告会社所有の機械工具が存したが、右機械工具は昭和四〇年四月以降被告大協により使用されたこと、当時原告会社には約七〇台分のバルブの半製品があったが、被告大協において引ついでこれを完成し昭和電工および鶴見曹達に売却したこと、被告大協に対する引きつぎ当時原告会社は大明機械工業に対し約六〇万円の、鶴見曹達に対し約一〇万円の各バルブ代金債権を有し、右債権は被告大協において譲渡を受け、債務者に対する債権譲渡の通知はなされなかったけれども、原告会社名義で被告大協が取立てたこと、甲第一号証の売買契約書に記載された機械のうち三台は原告会社が東京都から借受けた資金によって購入したものであったが、被告大協は原告会社の東京都に対する貸金債務の弁済をしたこと、原告会社の有した流体弁に関する実用新案権は原告会社の登録名義のまま昭和四一年になってから日東機械に売却され更に買戻しの後甲斐鉄工に売却されたが、右売却代金は被告大協のもともとの従業員を含む従業員の給料等にあてられたこと、これまでに見たような原告会社から被告大協に対する財産の譲渡、事業の引きつぎ等は岡村節らによってしばしば会社の合併ないし吸収合併と呼ばれ、特に岡村節は昭和四〇年八月一七日開かれた役員会の席上で「原告と被告大協との合併の理由は、中小企業としては自由経済下において金融難、従業員確保の問題があり企業操業度が著しく悪化しているので、その打開策として固定費の逓減化、適正規模に応じた適正従業員の確保、販売力の強化を行ない、企業の競争力、不況に対する強固な抵抗力をつける必要があり、右両者が合併することによって両者の特色を得、これを充分に発揮すれば将来極めて有望であると確信するに至ったからである」との趣旨を述べ、その旨の議事録が作成されていることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫
右認定事実によれば、原告はその営業の目的遂行のため組織化され有機的一体をなす財産の構成体の全部を被告大協に譲渡し、被告大協に営業活動を受けつがせたものであって、右は営業全部の譲渡にあたり、本件建物、その敷地の借地権ならびに機械九台の売買は右営業譲渡の一環をなすものであることが明らかである。
しかるに、原告および被告大協が右営業譲渡について法所定の特別決議(原告につき有限会社法四〇条一項一号、四八条、被告大協につき商法二四五条一項一号、三四三条)を経ていないことは被告らの明らかに争わないところであるから、右営業譲渡は無効であり、したがって本件建物、その敷地の借地権ならびに機械九台の譲渡もまたその効力を生じなかったものといわなければならない。
三 被告らは、原告、被告大協ともに現実に出資をしているのは代表取締役一名のみであったから、前記営業譲渡については特別決議を要しないと主張するので、この点について検討するに、かりに被告らが主張するように現実に出資をした者が一名である場合には営業の譲渡、譲受に特別決議を要しないものと解すべきであるとしても、≪証拠省略≫によると、原告会社は昭和三〇年一一月一五日設立された有限会社であって、設立当時の資本総額は四〇万円(出資一口一〇〇〇円)であったが、昭和三五年一一月九日に二〇〇万円に増額されたものであることおよび原告会社の社員は大久保守三(出資口数当初一二〇口、増資後八〇〇口)、中藤勇(出資口数右同)、大久保庄太郎(出資口数当初八〇口、増資後二〇〇口)、真野大次郎(出資口数右同)であって、それぞれその出資額を各人において現実に払込んだものであることが認められ、右認定に反する被告大協代表者岡村節本人の尋問の結果は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はないから、被告らの前記主張は採用することができない。
更に、被告らは原告会社の代表取締役大久保守三は他の社員から議決権の行使を委任されていたから特別決議を要しないと主張するが、右の議決権の行使委任の事実は本件全証拠によるもこれを認めることができず、また被告らは大久保守三は会社の業務執行について他の社員の同意を得ていたのであるから、営業譲渡について殊更に社員総会の決議を経る必要はないと主張するが、代表取締役が業務執行につき他の社員の同意を得ていたからといって営業譲渡につき特別決議を要しないと解することはできないから、右主張も採用することができない。
四 被告三晃は、かりに被告大協が本件建物の所有権を取得しなかったとしても、原告は被告大協が訴外井内から借受けた三五〇万円の債務について連帯保証人となるとともに本件建物に抵当権を設定することを承諾したと主張するので、この点について検討するに、≪証拠省略≫によると、被告大協は昭和四〇年一二月二七日訴外井内正則から三五〇万円を弁済期昭和四一年三月二七日の約で借受け右債務を担保するため本件建物に抵当権を設定したが、その後右借入金を弁済期までに返済することが不可能な状態となったので、昭和四一年三月一日井内より右弁済期を昭和四三年四月二七日まで延期することの承諾を受けるとともに、原告会社および大久保守三個人が右債務について連帯保証をしたことが認められるけれども、大久保守三が被告大協の代表取締役の一名として被告大協において本件建物に抵当権を設定することを了解していたかどうかはともかくとして、原告会社の代表者として原告会社において本件建物に抵当権を設定することを承諾した事実を認めるに足りる証拠はないので、被告三晃の前記主張は採用できない。
五 してみると、本件建物は原告の所有に属し、原告より被告大協に対する所有権移転登記は無効の売買に基くものであるから、被告大協は原告に対し右登記を抹消すべき義務があり、また被告大協より訴外井内に対する抵当権設定登記および右訴外人より被告三晃に対する抵当権移転の付記登記はいずれも原告に対抗できないから、被告三晃は原告に対し右各登記を抹消すべき義務あることが明らかである。
六 被告らは、原告の本件各抹消登記の請求は権利の濫用であると主張するけれども、かりに被告大協が原告に対し被告ら主張のような不当利得返還請求権を有するとしても、それは本件建物の売買契約とは牽連性がないものであることが被告らの主張自体により明らかであるから、被告大協としては別個に請求すべきものであって、自からはかかる権利の行使をなさず、単に原告が右返還義務の任意履行をしないで本件各抹消登記の請求をすることが権利の濫用であるというのは当らない。よって被告らの右主張は採用できない。
第二第三七八四号事件(原告=大協機械工業株式会社、被告=有限会社大久保製作所)について。
一 本件建物が有限会社六郷製作所(以下六郷という)の所有であって原告(以下原告大協という)の所有でないことは第一(第八四九七号事件および第一〇五三九号事件の理由)中で認定判断したとおりである(ただし書証の成立に関しては原告とあるのを被告と読みかえる)。
別紙第二物件目録(一)記載の機械が本件建物とともに六郷から原告大協に譲渡されたものであることは当事者間に争いがないところ、右譲渡は営業譲渡の一環として行なわれたものでありその効力を生じないものであって、その理由は第一において認定判断したところと同一である。したがって右機械は六郷の所有であって原告大協の所有ではないといわなければならない。
同物件目録(二)、(三)記載の各物件が原告大協の所有であることは当事者間に争いがない。
≪証拠省略≫によると、別紙第二物件目録(四)ないし(十二)記載の各物件はいずれも原告大協の所有であることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫
原告大協は、別紙第二物件目録(十三)ないし(十九)記載の各物件も原告大協の所有であると主張し、≪証拠省略≫には右主張に沿う記載があり、証人大森操もこれに沿う証言をしているが、≪証拠省略≫および証人大森操の右証言部分は六郷代表者大久保守三本人の尋問の結果に照し直ちに採用することができず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
以上によれば、原告大協が所有権を有する物件は別紙第二物件目録(二)ないし(十二)記載の各物件のみであると認められる。
二 原告大協は被告(以下被告大久保製作所という)が右各物件を占有使用していると主張するので、この点について検討するに、≪証拠省略≫によると、被告大久保製作所は昭和四一年七月頃本件建物および同建物内に存する別紙第二物件目録記載の各物件を六郷から賃借し事業を始めたが、その後事業を廃止し、昭和四二年八月からは株式会社元製作所が右建物機械類を六郷から賃借して事業を行なっていることが認められ、右認定に反する証拠はない。
右事実によれば、被告大久保製作所は現在別紙第二物件目録記載の各物件を占有していないものと認められる。
よって、原告大協の被告大久保製作所に対する建物および物件の引渡請求は理由がない。
三 つぎに原告大協は物件の賃料相当の損害金を請求するので、この点について検討する。
原告大協が別紙第二物件目録記載(二)ないし(十二)記載の各物件を所有し、被告大久保製作所が昭和四一年七月頃から同四二年八月頃まで右各物件を占有使用したことは前記一、二において認定したとおりである。
しかしながら、右各物件の賃料相当額については、これを認めるに足りる的確な証拠がないので、結局原告大協の損害金の請求もまた認めることができない。
第三むすび
以上により、有限会社六郷製作所の大協機械工業株式会社および三晃興業株式会社に対する各抹消登記の請求はいずれも理由があるからこれを認容し、大協機械工業株式会社の有限会社大久保製作所に対する請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今村三郎 裁判官 高橋正 裁判官安部嘉人は外国留学のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 今村三郎)
<以下省略>